続・パリ写真集を読み解く

11/30付の記事で検証した、「ア・パリ」撮影地点とそれぞれの《場》の持つ意味。追加情報を得られたので、書き加えてみたいと思う。

まずは地点不明と書いていた、エンディングの建物前での4人ショット。この建物はセーヌ川南岸のパリ7区に位置する旧陸軍士官学校、エコール・ミリテールであり、そこの向かいのシャン・ド・マルス公園からエッフェル塔を遠景に収めた4人の写真が、2009年カレンダーの表紙に使われていた。

マルスとはローマ神話の火星の神にして戦いの神の名であり、この公園は「軍神の野」という意味になる。かつて、ここはエリート軍人の養成所である陸軍士官学校(エコール・ミリテール)の練兵場、軍事教練用のグラウンドであったとか。

フランス革命中には1791年の「シャン・ド・マルスの虐殺」と呼ばれる共和派の集会への弾圧や、1794年の「至高存在の祭典」と呼ばれた宗教祭典、しかしメインイベントはギロチンによる公開処刑という血腥い事件の舞台ともなっている。

19世紀後半から20世紀初めにかけては、広い敷地を有するシャン・ド・マルスはパリ万博の会場としても活用された。フランス革命100周年を記念して、1889年にパリで行われた第4回万国博覧会の際に建設されたのが、後にパリのシンボルとなったエッフェル塔である。

こういった近代史を考えると、ある意味、このシャン・ド・マルス周辺もフランス、パリという歴史都市を代表する場所のひとつと言えよう。

4人ショットが撮られたのは、「聖母教会」ノートルダム大聖堂と、「軍神の野」シャン・ド・マルス。象徴的なパリの《場》にして、その名称においてどこか対照的な意味を持つ場所を選ぶ辺りも、光と闇のどちらをも表現できるラルクアンシエルの世界観の幅広さを表しているようで、興味深い。

もう一箇所の4人ショットの場、セーヌ川に浮かぶサン・ルイ島。特にカレンダーの5、6月分の写真で印象的であるのは、メンバーが身をもたせかけて立ち、緑の葉を茂らせているプラタナスの大樹であろうか。マロニエと並び、パリの街路樹として数多く植えられているプラタナス(日本名はスズカケノキ)。この樹は古代ギリシャの哲人が瞑想した学林の樹でもあり、古くは医聖ヒポクラテスが、故郷であるコス島のプラタナスの木陰で弟子達に医学を説いたと言われている。

プラタナス花言葉は「天才・天稟・非凡」――天性の才能とセンスを活かし、日本だけでなく、遥か遠く海を越えた土地へ、欧州のフランスまでも進出を果たした唯一無二のロックバンド、ラルクアンシエルにはなかなか似つかわしい樹ではないだろうか。

なお先日、パリに立ち寄る機会を得られたので、写真集の撮影時とは異なる冬の季節ではあったが、判る範囲で「ア・パリ」及び2009年カレンダーの撮影ポイントを踏破してきた。それらの記録については、追々このブログで扱って行きたいと思うので、ご興味のある向きにはどうか再訪頂きたい。12月のパリにて撮影してきた写真はこちらにまとめてあるので、雰囲気を味わってみようかという方は、ご覧頂ければ幸いである。

これまでに判明したパリ市内の撮影地点リストは、以下のようになっている。

  • オープニング:ノートルダム大聖堂シテ島
  • hyde屋外:セーヌ川南岸(ルーヴル宮殿対岸、フランス学士院)
  • hyde屋内:不明(豪華な貴族趣味の部屋)【1-2月】
  • ken:不明(夜の街で金髪美女との絡み)【3-4月】
  • LIVEシーン:ルゥ・ゼニット・アリーナ
  • tetsu公園:不明(緑の眩しい公園)
  • tetsu通り:モンマルトル【7-8月】
  • yukihiro:カルチェ・ラタン【9-10月】、フロン・ド・セーヌ、不明(夜の通り)
  • エンディング:エコール・ミリテール、サン・ルイ島【5-6月、11-12月】
  • 2009カレンダー表紙:エッフェル塔(シャン・ド・マルス公園)

参照:Googleマイマップ「a Paris」